?りんご人生?

りんごちゃんの人生をひたすら綴る日記

人生の分岐点って結局どこだったのか

「~~(本名)さんは何をやりたいの?どうなりたいの?」

最近、転勤有り異動をすることになり行きたくなくて、転職したいと悩みを聞いてもらっていた相手からそう聞かれた。

私はすぐに返答ができなかった。

 

転職をしたいネガティブな理由はたくさんあった。転勤が多い、会社の旧い体制によるさまざまな弊害、給料の面など。

ただポジティブな理由、例えば~~をしたいけど、この会社では実現ができない!といった自分のスキルアップを目的とした理由がいまいち曖昧だった。

 

その曖昧さは思い返すと、大学生・高校生・中学生の頃もそうだった。

自分が何に興味があって、将来どうなりたいかを真剣に考えてこなかったツケを今払っている。

理系にいけば就職先が多い、という親の話を吟味もせず理系に進んだ(親が悪いのではない)。

数学はできないけど生物はできる、上の兄弟も農学部だからという理由で考えもせず農学部へ進学した。

そして、就職をするときは新しいことを学ぶことを面倒くさがり、学部で学んだことを活かせる企業にたまたま内定をもらって今に至る。

何をやりたいかも分からない空っぽの状態で大学院に進もうとして、研究に真剣で真面目な教授の方針についていけなくて、鬱になって療養休暇をもらった。

・・・・・・しょうもない自分に乾杯!涙

 

社会に出てから色々な人にあった。社会人サークルなるものに参加してみたり、Twitterのオタクにあって飲んだり。

色々な人にあって、色々な考えに触れたとき自分は何がしたくて、どうなりたいのかって問いかけた時、自分の中に現在の自分への違和感を感じた。

 

私が大好きなアーティスト、KOTOKOさんの曲に『声が届くなら』(アルバム「羽-hane-」より)がある。

その曲に『明日の朝 この命が消えてしまうとしても 後悔は・・・後悔だけは、決してしないように いつの日か、そう、いつの日か ここで生きている意味を・・・』という一節がある。KOTOKOさんんがどんな想いでこの曲を作ったのかはわからないけど、私はこの一節がすごく好きで、切ないと感じる。

 

自分の人生、後悔だけはしたくない。生きている意味をみつけたい。

生きている意味は人によって違うと思う。私は空っぽな自分と決別したい。

 

「~~(本名)さんは何をやりたいの?どうなりたいの?」

ぼんやりとだけど、興味のあることが見えてきてはいる。

この1年、考えながら行動していきたい。

 

ただ一つ言えることは、転勤のスパンが短すぎて、今後もこれが続くのなら\むり!/ってことだ。